奈良市でケアマネジャーをしています
山﨑と申します。
現役ケアマネジャーとして介護の仕事に従事しながら、
産業ケアマネとして【仕事と介護の両立支援】をしています。
前回に続き、
会社名に込めた想いを書きたいと思います。
町の介護屋さんとしての活動記を綴っていきますので、
読んでいただけたら嬉しいです。
介護屋への想い
私の会社は株式会社介護屋山﨑です。
これは今年3月まで勤めた
株式会社介護屋宮﨑から独立する際に
代表取締役の宮﨑さんにお願いして(頼み込んで)
『介護屋山﨑』と名乗らせてもらいました。
前回はそんなことを書いています。
介護屋には私なりの思いがあります。
髪が伸びたら床屋さん、
風邪を引いたらは薬屋さん、
テレビを買うなら電気屋さん、
では、
介護が必要になったら?
介護屋さんと言われたいんです。
介護現場で19年勤めて感じたことがあります。
介護を抱え込む人が多いということ。
ケアマネジャーとしてご自宅に伺うと、
『なぜもっと早く相談してくれなかったのか』
感じることがあります。
介護の相談ってしにくいでしょうか。
相談するタイミングがわからないのでしょうか。
そんなに大事だと思わないのでしょうか。
色んな理由がありますよね。
それでも、
もっと早くに相談してくれていたら
介護を受ける人も、
介護をする人も、
こんなに苦しまなくて良かったのではないか、
そう感じることがあります。
これはきっと、
究極のお節介なのかもしれません。
ですが、
介護に携わるものとして、
介護を受けても、
介護を担っても、
やはり幸せでいてほしい。
介護屋って町の一部
前回のブログに登場してもらいました、
介護屋みらいの宮﨑さんから言われたこと、
『介護村の中だけで介護をしていても、絶対に良くならない。』
この言葉を聞いて衝撃を受けました。
介護保険制度は
介護を社会で支えようと『介護の社会化』を
目指して始まりました。
ですが、
介護の中にいると介護の中だけで介護が完結することが多々あります。
きっと、
この弊害が
ヤングケアラー、ワーキングケアラー、ダブルケアなど介護課題として
浮かび上がってきたんだと感じます。
介護はいつ始まるかわかりません。
ある意味、災害と同じです。
しかし災害も備えることで
被害を最小限に食い止めることができます。
介護も同じで、
事前に備えたり、
早期に対応することで、
生活への影響を最小限の抑えることができます。
そのためには、
私たち介護従事者の課題として、
『介護』をもっと広く社会に発信すること、
そして町の一部であることが
求められていると考えます。
介護屋山﨑のロゴマークは、
右上を空けています。
介護を受ける人にも、
介護をする人にも、
暖かい陽射しが差してほしい。
そんな想いを込めました。
最後までお読みいただきありがとうございます。
みなさま、
今日も素敵な1日になりますように。